R.I.P Uncle Naope

ハワイやフラにある程度かかわっている人であれば、知っているでしょう、
Uncle Naope(本名、George Lanakilakekiahiailli Naope)氏が10月26日、ハワイ島ヒロの自宅でこの世を去りました。
81歳でした。

Naope氏は長年肺がんを患っており、昨年、片方の肺を摘出したばかりでしたが、
今年にはいって、脳に摘出不可能な腫瘍が発覚し、
最終的にそれが引き金となったようでした。

ナオペ氏と言えば、毎年開催されているヨコハマ・ハワイイ・フェスティバルにも賛同して毎年来日されていましたね。

もちろん、彼の名は、毎年ハワイ島ヒロで開催されるメリー・モナークフェスティバルの共同創始者として、ハワイのフラの歴史の一幕を大きく担ってきた存在として有名です。

サービスは、11月6日(夜)と7日(朝)、毎年メリーモナークが開催されていたエディス・カナカオレ・テニススタジウム近くのAfook-Chinen Civic Auditorium(市民ホール)にて開催されます。

時に、その小さな体から、「メネフネ」と呼ばれたり、
カラカウア王のフラの師匠、Dandy Ioane氏の名前をとって、「ダンディー」と呼ばれていたアンクル、ジョージ・ナオペ氏。

記事情報ソースは、オンライン・ホノルル・アドバタイザー より。

私は、Love MAUIの頃に、ヨコハマ・ハワイイ・フェスティバルに出店していたとき、
スタッフ休憩コーナーでNaope氏を見かけたことがあります。
確かに私と大して変わらない小さな背格好。
だけれども、その【存在感】は、見た目の華奢で小さな風貌からは想像できないような、なんだろう、オーラ?があふれていました。
そして、当時、77-78歳くらいであったろうと思うのですが、
スタッフ休憩コーナーで、まぁ、次から次へとタバコを吸い続け(笑)ているナオペ氏を、ほとんど、驚愕しながら見た記憶があります。
あんなヘビースモーカーなネイティブハワイアンは、
私は、後にも先にも、アンクル・ナオペ氏しか知りません。。。

言葉を交わしたわけでも、個人的に交友があったわけでもありませんが、
やはり、
ハワイの文化を日本に広める活動に大きく貢献している一人であるわけで、
そして、もちろん、ハワイにおいても、ハワイの歴史の中に大きく刻まれる人でした。

ニイハウ島出身のIZや、モロカイ島のクムフラ、ジョンがこの世を去ったときにも、
少なからず衝撃でしたが、今回のアンクル・ナオペ氏の訃報もなんだか胸がザワザワします。

ご冥福をお祈りします。Rest In Peace.

そういえば、ハワイに深くかかわっている日本国内の知人友人たちが、ちょうどこの時期、ハワイへ行く、と先週から今週にかけて言っていたのを思い出しましたが、彼ら彼女も、もしかして、アンクルに呼ばれたのではないでしょうか・・・なんて、ふと思ったり。。。

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