感じる。を育む。
感じる。を育む。

感じる。を育む。

とあるブログにとても良い記事が書かれていたので、こちらでシェアします。

——-以下、一部抜粋—————

我々のこれまでの社会・教育システムの弊害で、頭で考えないで感じて、の意味が解からないという方は意外に多い。

この感じるセンス(DNA)が長いこと操業停止状態になってしまっているからです。
元々は全ての人間に備わっているものなので活性化させればいいのです。

例)あの映画いいの?

頭で考える人:観て来た人や評論家の感想、アカデミー賞やカンヌで賞を取ったかどうか、ヒットしているか、CMイメージと解説を読み判断する。

感じる人:先入観無しで自分で観てみて、自分がどう思う、感じるかだけを重視する。

*実際、映画、本、料理、旅、その他等は賞を取ったり、ヒットしていても、人夫々の感じ方の違いが有ることは周知の事実であると思います。

例) 瞑想って危険なの?

頭で考える人:本や誰かが謂っている事を総括して判断する。

感じる人:自分が実際瞑想をしてみる。

例) 波動って何?

頭で考える人:本や誰かが謂っていることを総括して判断する。

感じる人:自分の身の回りの波動を感じることに挑戦してみる。

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つまり、頭で考える人は、自分の肉体を通した経験が圧倒的に不足している。
我々の殆どが、無意識に日常生活に置いて、”感じる”と謂う経験をしているけれど、改めて謂われ分析しようしたり、他者を頭で批評しようとすると訳がわからなく成って行くのです。

もっともっと”感じる”ことを大切にする
———————————–抜粋ここまで—–

ネットやテレビで情報は山盛りで、だからこそ、敢えて「感じる心」「感じること」を
今、私たちは試されているんじゃないかなーなんてことも、私個人としては思います。

例) イルカって本当に人間とコミュニケーションできるの?

頭で考える人:ブログや本で他人の定義や解説を調べて理解した気になる。

感じる人:とりあえず、イルカちゃんに実際に会いに行って自分が何を感じるかをみてみましょうと行動に移す。 
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「感じること」を行動の中心に持ってくると、逆を言うと、
「自分は他人にどう思われているか」とか、「他人に良く思われたい自分」とか、
そういう部分においても、重要ではなくなってきたりします。
それは、他人への興味が無くなる、とか、自分だけよければよい、というエゴではなく、
「自分が感じること」を徹底的に信頼しているからこそ、
他人の評価、思惑、思考に、「惑わされない自分」が確立するから、だと思います。

そして「感じること」は、究極、「自分の感性に責任を持つ」っていうことでもあるわけです。
だから、全ての行動に迷いがない。
全ての決断に、悔いとか、悩みがなくって、瞬間瞬間が、まさに「喜び」につながってゆくものだと。

私はこうした「心を育む」きっかけ作りのひとつとして、Da Ohanaプロジェクトを推進してゆきたい、とも思っています。
私自身、Da Ohanaプロジェクトで予定しているワークやセッションなどを積極的に参加して、自分自身のブラッシュアップを図りたい、、と何より思うひとりです。笑。

そして、自分自身のブラッシュアップのみならず、自分が持っている、培ってきたエッセンスも少しづつ皆さんとDa Ohanaを通じてシェアしてゆける場、ワークショップを開催してゆきたいと思っています。

人生、いつでも、いつまでも楽しく、そして何歳になっても向上する心を忘れずに謳歌したいから。

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